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本、アニメ、映画の感想。時々まじめに物理。ごくたまに日記。

プリゴジンの考えてきたこと を読んだ

前々回ぐらいの記事で書いていたプリゴジンの話をすべく*1、我々はアマゾンの奥地に向かう代わりに北原和夫先生によるプリゴジンの伝記的な読み物である本書を読むことにした。もちろん、本当は「構造・安定性・ゆらぎ」とか「確実性の終焉」とか読むべきなんでしょうが、重たいし疲れちゃうんで...また今度で...。

本書は、界隈では有名な岩波基礎物理シリーズの「非平衡系の統計力学」や非平衡系の科学シリーズの「反応・拡散・対流の現象論」という教科書を書かれた先生、としか自分は知らない。有名な本を著されているので知っているが、本当に申し訳ないのですが、何をした先生であるかは実は自分はよく知らない。いや、ちゃんと追うべきですね...反省です...。

それはひとまず本書の中身ですが、本書は著者が博士課程に在籍している時にプリゴジンの下で研究を行った時の話を中心に、プリゴジンという人について、その哲学的思想や物理思想、研究内容をかみ砕き、簡単に紹介する。手に取ってもらえるとわかるけれども、言わゆる読み物系の本に対しても非常に薄めの本で、専門的な内容を一般の読者へ、というよりは、雰囲気を感じてもらう、みたいな比較的ライトな読み物(何せページ数は111ページだし)。構成としては、本書冒頭は著者のプリゴジンの研究グループへ行く経緯、研究グループの様子、プリゴジンの学生時代や生い立ち、研究の内容(特に「相関ダイナミクス」と「散逸構造論」)、最後にまとめとしてプリゴジンの問いかけである「時間の矢」について展望を述べる、という構成。

これを読む限りでは、プリゴジンって哲学関係についても自身の散逸構造の理論と関連させて思想を展開していたんですね、知らなかった。こういった物理用語の人文系、特に哲学系に輸入されるのってままよくあるよなぁ。だから前々回の著者も知ってたのか。でも、当時としても、そして現代においてもそうだと思うけど、こういう科学の用語を人文系分野で不用意に使われることはあまり良い印象はない気がする。実際、例えば冒頭部p5とかで

一方彼自身によって、「不安定性」「揺らぎ」「自己組織化」などの言葉が、物理科学分野だけではなく、人文科学、社会科学にも浸透していった。しかしこのことについては、物理学の用語を安易に他分野に宣伝して、誤解と混乱を生じさせた、と批判されることがある。

でもこれに対して著者が大事なことをおっしゃっている。

だが、これらの用語が人文科学、社会科学の分野で不正確に使われているとしたら、安直に物理用語を借りて学説を修飾している人文科学者、社会科学者のほうにこそ問題がある。

その通りだと思います。こういった問題については記憶に新しい、ソーカル事件がいい例です。今気が付いたけど、このソーカル事件は1995年で、この本の第一刷が1994年なのは面白い。まぁ、そういった問題はさておいて、プリゴジンは哲学的な問いというか、思想的な問いを持っていて、それでいて物理の問題を解いていた。ということが、こういうところから窺い知れる。

で、雑感としては、研究内容のほうに興味が言ってしまって、哲学の話そっちのけになってしまった。

相関ダイナミクスって、内容は知らないのだけど、読んでいる分にはBBGKY階層方程式の話な気がする。相関ダイナミクスは時代的には1950年代から1970年代らしく、BBGKYも1950年あたりなので多分時代的オーバーラップはある。この時代と言えば、久保亮五先生の1957の線形応答だったり森肇先生の1965年の射影演算子法だったりと、いわゆる非平衡系のダイナミクスが盛り上がっていた時代だ。p85の所謂「運動論的」な項と「非運動論的」な項の分離とか、1970年の川崎恭治先生のモード結合理論とかに対応していて、時代だったんだなぁと実感します。趣味の話です。すみません。

一方、散逸構造論は、あんまり知らない。線形ボルツマン方程式とかは、佐々真一先生の発表とかで聞いたような気がするけど、忘れてしまった...。不勉強がばれる。でもこういう、温度の勾配が在ったり粒子浴がついていたりって話は、今でもよく議論される話ですよね(京都大学あたりの例の一派が支配的な気がしますけど)。

プリゴジンの考えていた時間の矢の問題も、今でもまだ議論されている。まぁたしかに、主流ではないかもしれないけれども、オープンクエッションではある。そういった「どうして自然界はある分布に緩和するのか」という問題は形を変えて議論されていて、今では一般化ギブス分布だとか、フロケギブス分布の話だったりとか、ETHの話だったりとかに繋がっていくわけです。直近の久保亮五賞を参照。大きな問題は形を変え議論が続いていき、いつしか解かれる日が来る...かも。

結論としては、歴史的な話とか、ヨーロッパの知識人のあるべき姿とか、物理問題の時代を超えた探求とかが感じられて面白かったけど、仕事を思い出して気が休まりませんでした。次はアインシュタインの伝記でも読もうか...。