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本、アニメ、映画の感想。時々まじめに物理。ごくたまに日記。

イヴの時間 を見た

「未来、たぶん日本。“ロボット”が実用化されて久しく、“人間型ロボット”(アンドロイド)が実用化されて間もない時代。」

という一行からこの映画は始まる。アンドロイドが普及し、日常に溶け込む世界。その中で主人公の向坂リクオは、自身のアンドロイドであるサミィが時折「寄り道」をして帰ってくることを知る。ログを追って辿りついた場所は、変わったルールのある喫茶店イヴの時間」だった。

「当店内では、人間とロボットの区別をしません ご来店の皆さまもご協力ください。ルールを守って楽しいひと時を。」

茶店で出会う「人々」との交流を通して、ロボットと人間の関係、そして「心」を繋ぐ物語が描かれていく。

最初は、「きれいな背景のわりに会話のテンポが不自然に速いし、画面も揺らし過ぎで、どうなんだろ」って思いながら見てました、正直言うと。ただ見ているうちに(慣れてくるのか)気にならなくなっていき、この物語が始終描こうとしてるある種のやさしさを感じ始めて、最後はなんとも言えない感動が広がった。全く持ってロマンチックな物語で、山もなければサスペンスもない、ある種見てて退屈とさえ言える展開でも、その醸し出すやさしさは物語として確かに描かれていたと思う。

ただこうやって受けた感動をつらつらと書いているだけでは、SFオタクとしてなんか悔しいので、このイヴの時間における「アンドロイド」について考えてみたい。

物語冒頭にことさら強調されるように、この世界では「ロボット工学三原則」がロボットの基本的な性質を表している。あまりにも有名なこのアイザック・アシモフの三原則を、この物語では面白い解釈をしている。アシモフにおけるロボット工学三原則は、ロボットの機能的制限を与えるための制約である。物語上ではこの制約を緩くするかきつくするかで目指した機能を持つロボットを動かす、という話があったりする。というように、アシモフにおけるロボット工学三原則は制約条件であり、それはロボットの暴走を防ぐため以上のものではない。一方、イヴの時間においては、ロボット工学三原則は「ロボットの定義」として用いられている。逆に言えば、それさえ満たされていれば彼らは「アンドロイド」であり、人間との違いは、ただこの三原則が守られているか否かで決まる。よってアンドロイドたちは、いわゆる「心」を持ちもするし、「個性」を持つことができる。

なので、この映画を見て「こんなのはロボットじゃない、人間だ。人間にロボットという名前と機能を与えただけだ」と解釈して、この映画はSFじゃない、と思うのも無理はない。そういう意味では、ハードSFとしてのロボットSFではない。ではハードSFという視点を捨てて、この映画を見てみると、この映画は「絶対的に違う他者との関わり」を描いた映画だ、と見えてくる(気がする)。ロボット達はロボット工学三原則という点において、確実に人間とは違うのである。一見すると人間と違いはなく、ロボットであるけれども、見分けがつかない。見分けはつくロボットであるけれども、「個性」があって「心」がある。そういう「全然違う」けれども、でも共通部分があって、それを通わせることが出来る。これは果たして、(イブの時間の世界の意味での)ロボットと人間の関係だけに当てはまるだろうか。

この関係性は、本当は「普通」の人間の関係性にも言える事ではないだろうか。一見して同じ、見た目は違う、そういう異なった他者との交流、それを描いているのではないだろうか。

そういう視点で見ると、このイブの時間という物語は、「他者との交流、関係性の構築に何が大事なのか」ということを描いているのではないだろうか。そしてその答えは「変わらず尊重する」ことなのだと、この物語は描いている。冒頭の「ロボットと人を区別しない」というのは、決して人間だと思って話す、ということではなくて、ロボットであれば制約があり、人間であればロボットではない、という「他者は絶対的に違い、その違いに配慮して、尊重して接する、分かり合う」ということではないだろうか。物語の中で、アンドロイドの少女がこんなことを言う。「見た目がそっくりでも中身はぜんぜん違う。似てるけど、ぜんぜん違うのよね。あなたは私をどう思ってるの?って、色々話してもっとわかってあげたい。だって家族だから。」そういう意味でこの物語は優しさに満ちていて、そして大切なことを教えてくれている気がする。

SFとして、ロボットものとしての完成度はどうかと言われれば、それは期待に応えられないけれども、楽観的でロマンチックな、それでも切実な願いのようなものがこもったこの甘くて優しい物語は、一度は見てみる価値があるのではないだろうか。特に、多様性の重要性が見直されている本日において。

2019/04/22 追記 下の感想を読み、自分の感想が小学生並だと気が付いて恥ずかしさで悶えてる。もっと勉強しなきゃ...。

小ミハイェル 無駄に長い『イヴの時間』の感想 memo.clockmilk.org