No (refractory) title : spectrally stable

本、アニメ、映画の感想。時々まじめに物理。ごくたまに日記。

イエスタデイをうたって (2020) を見た

フルーツバスケットみたいに何シーズンも作って一年間やってほしい。しかも一週間おきに見るんじゃなくて、撮りためたやつを一気見したい。そんなアニメ。

あらすじ

やりたいことが見つからず、だからと言って生活のためにやりたくない仕事をするのも何だかしっくりこない。そんなもやもやした気持ちを抱えた青年リクオは、定職に就かず大学を卒業してから半年たったある日、バイト先のコンビニでカラスを肩に乗せた不思議な少女、ハルと出会う。無邪気に明るく振る舞う、だけどどこかミステリアスな雰囲気をまとった彼女は、過去の偶然からリクオに想いを寄せていた。彼女がコンビニに通うようになってつかの間、ある日大学時代のリクオの憧れ、森ノ目 榀子(もりのめ しなこ)が偶然現れる。彼女は大学卒業後、近隣の高校教師になったという。大学時代に清算し損ねた片思い。ぐちゃぐちゃと考え足踏みしてる現状を打破するためにも、リクオは卒業式に済ませるはずだった榀子への告白を実行し、そしてあっさりとフラれてしまう。榀子は高校時代に好きだった、しかしもうすでに亡くなっている幼馴染の早川 湧(はやかわ ゆう)を忘れられずにいた。一方でその優の弟である郎(ロウ)もそんな榀子に恋愛感情を抱いていたが、幼馴染という関係から姉妹以上の感情を引き出せずにいた。

誠実で正直者で、そしてお互いを大切に思っているからこそ臆病で、手探りで、だかこそ不器用な人たち。 これはそんな彼らが、想いを頼りに半歩ずつ歩みだす、きっと見たことのある風景の物語。

雑感

テーマ

多分原作について言えば、有限個の言葉でこのテーマを表現できるんだろうかって思っちゃうのだけど、少なくともこの12話については、背景に「何気ない人と人との交流が互いに与えあう、小さな変化で変わっていく人生」を描きつつ、「榀子とリクオ清算を通した『好きとは何か』」をプロットとして進行していたように感じた。

キャラクターの生きざまは計画されたように変わっていくわけではなくて、何気ない一言で動かされたり、立ち止まって考えさせられたりして、かすかに変わっていく。そういう"キャラクターそれぞれの変化は、とても自然で有機的で作為的な感じがしないのに"*1そうやって時間がたって行って、いつの間にか人生が変わっていく。そういう人間の面白さ、人と人とのコミュニケーションが何も作為的でないのに変わっていく面白さ、というのがまず描きたかったことなんだろなと思う。リクオの告白の破局がハルを動かし、そのハルの行動が榀子に影響し、榀子がそれにょって自分の想いを捉えなおし、そしてその行動がロウに影響する。そうやってそれぞれが微妙に影響し合い、いつの間にか前に進んでいる。だからこそ一話一話が意味を持っていて、どれも欠けてはいけない。それぞれのキャラクターの行動の作為性が全く感じられないにも拘らず、まるでそれが計画されたかのように心情に影響を及ぼし行動を促す。そしてその行動がさらにほかのキャラクターを動かして...と玉突き的に連鎖してく。その様が気持ち良く、それが見事に描かれている。原作からこの流れをうまく12話にまとめられるよう、かなり注意深く読み込まれているんだと感じた。これがバックグラウンドに描かれている。

そしてその背景によって、縦串のプロット「榀子とリクオ清算」が進んでいく。榀子の過去に引きずられた気持ちの清算と、それに伴うリクオの想いの清算。それは結局のところ『好きとはどういう感情なのか』『この想いは何なのか』という問いかけに答える事だった。(多分ハルとロウくんにも決着があるんだと思うけど、この12話では語り切れなかったんだろうなぁ。)

8話で榀子の同僚の先生がこう言う。「だめだよ、10代の恋と比べちゃ。パワーが違うんだから。それにきっと美化されてる」。でもこれを真に受けると、じゃぁ10代のころの恋が本物の恋なら、20代の恋はやっぱり違うのか、ということだ。10代の頃が本当だと思うなら、それに比べた今の恋は本当の恋なのだろうか。ただ大事に思っているだけで、その感情は恋とは違うのではないか。榀子はこの問いに(結果的に)答えようとしていた。それは榀子の過去の清算でもあるし、それは未来への一歩でもある。この問いへの追及にリクオは付随する。リクオの好きという感情は、本当に好きという感情なのか。ただ関係を大事に思うだけの、それは友情じゃないのか。

面白いのは、この悩みを抱える大人たちをしり目に(というか前述したとおり)、ハルやロウくんは自身の感情に迷いがない。だからこそ彼らは、ただの友人という形で維持された関係に甘んじている大人たちに、強く突き付けるのだ。これが好きという感情だと。この想いこそが好きという気持ちなのだと突きつける。でも足踏みするのは大人だからであって、それは少年少女にはない『過去の蓄積』が示唆する不安や臆病さで会って、だからこそ彼らは一歩踏み出せないのだ。

表現

こちらのインタビューで言及されているように*2*3、この作品ではシワの描き込みや背景のディティールと言った、情報量の多さという意味での『リアルな感じ』を演出しながら、一方で美術の段階での手書き感や輪郭線の途切れた感じによる意図的な『描かれた感じ』を両立している。描き方自体がファンタジーを醸し出しながら、付与された情報量でリアリティを出す。この塩梅。このバランス感。これによって逆にデフォルメされたキャラクターが描かれた背景に溶け込む。だから一層画作りにリアルを感じられる。

しかも音響にも気を使っている。 キャラクターがどんなにリアルであっても、それが載っている舞台、つまりは背景や音響がリアルを演出できなれば、あっという間に虚構になってしまう。 ニコニコに投稿されているMMDドラマとかでも、作り込みを感じる作品って動きの素早さとかよりもむしろサウンドとか効果だったりする。 人間て以外にも空気感に敏感で、その空気を作るためにものすごく気を使っている。 だからこそ、何気ないキャラクターの行動が一つのリアルとして描かれてしまう。

でも、リアルなだけの物語を描きたいなら、それは実写で良いんじゃないかとなるけども、会話劇が主であって、その中の息遣いや風景を伴った感情の機微こそが見どころであるのなら、実写に必ず付随するあるがままのリアリティは、逆に画作りの単調さを生んでしまうんじゃないかと*4 何気ない呼吸や俊住こそがこの作品の良さであるなら、それを演出するための風景こそ作画されるべきで、それはアニメにしかできなかったんだろうな。

お互いを気遣って近づけない距離感、躊躇い、踏みとどまったり近づいたりするときの、気まずさや恥ずかしさや、自信のなさや、それでも前に進みたいという、どうしようもない意思。言葉の重みを知っている人たち。気づけ合わないための心遣い。きっと原作の魅力であるそれらすべてを、間の取り方で絶妙に表現している。

この話はどの時代にも通じるテーマを描いている。ただ、どの時代にも通じる話をしていると思う中で、1つだけ重要だと思う時代的差異がある。 それは人同士のコミュニケーションに時間が掛かることだ。

今の時代ならテキスト一本、端末一つですぐに言葉を交わせる。だからコミュニケーションも、即実行即行動が出来てる。だけどその代わり、自分の情動、感情の機微を振り替えって整理する時間がないんじゃないか。彼らはコミュニケーションの『準備』に時間をかけるから、誠実に自分の思いを探れるんじゃないだろうか(それですべて明快にわかるわけではないんだけど)。つまりさ、ぐちゃぐちゃでめちゃくちゃな心のありようを何とか把握しようとして、あーだこーだと感じてみるんだけど、わかることはほんの一握りで、だから前に進むのがめちゃくちゃ遅い。でもその半歩はものすごくしっかりした半歩で、そうして地道に前進していく。

殴り書き

リクオも自分の好きな感情が分からなかった。自分の気持ちを見ながらも、でも同時に理屈も捨てられない。そういう感情。

憧れと好きの違いってなんだろうね。榀子はどれが好きなのかわかってなかったんだよ。 冒頭で言うように、「10代の恋愛と比較しちゃだめだよ」なんていうわけで、それの気持を大事にしている榀子はわからなかったんだよ。どれが好きという感情なのか。それを探しているんだよ。

少年少女はその感情が初めてだから潔い。彼らはその感情が特別であることを知っているから。でもさ、品子も陸男も今持っている感情はそれとは比較できないわけ。人を大事に思う気持ちが、それが好きって気持ちなのか? それが愛なのか?最初の初恋が失われたとき、じゃあ次の恋は何で決まるのか?その時、大人は大事なものを選ぶんだよ。でもそれは、手探りでしかわからないんだよ。近づいて、飛び込んで、それで初めて知るんだよ。

最後の最後にリクオは「自分の気持に正直に生きるって決めたんだ」というけれど、でも彼は最初っから自分の気持に正直だったように思う。彼がぐちゃぐちゃ思い悩むのは、こうしたいっていう意思もあるけど、もしこうなったらっていう不安もある。その不安という気持ちを無視できないから、彼はぐちゃぐちゃ考えてた。でも最後の最後に、彼らはそれをやめる。ぐちゃぐちゃ考える初期の新海誠は捨てられた。不安もかなぐり捨てて、結局は前に踏み出さなくては何も変わらない。そいういう答えにたどり着くんだ。

おわりに

原作が読みたくなる、そんなアニメ。 それは物足りないって意味でもあるけれど、でも同時に1クールとしてはこの上なく密度が高くて、この物足りなさはきっとアニメが原作の大切なところを丁寧にすくい取っているからで、だからこそ原作の深さを思い知らされたからなんだと、そう思った。

*1:https://singyesterday.com/interview/interview02/

*2:singyesterday.com

*3:singyesterday.com

*4:実際、インタビューにて実写にした場合の画作りを想像しながら議論してるsingyesterday.com