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本、アニメ、映画の感想。時々まじめに物理。ごくたまに日記。

動物行動の分子生物学 を読む

某図書館にてお勧めされていた本。最近とある事情で感情の科学についての興味がむくむく沸いていて、良い機会だからと借りて読んでみた次第。門外漢で戦々恐々としながら読み始めたのだけど、いや、結構面白い。

中身は動物の行動とその動物内で起きている分子生物学的な現象の関係性について、最近の解ってきたことをまとめたもの。動物と言っても、最近の遺伝子操作技術や観測技術の向上で比較的よくわかって来た、線虫、ショウジョウバエ、ゼブラフィッシュ、メダカ、マウス、ミツバチに限定している。限定してはいるけれども、分子生物学っていう、生物学の中ではかなり要素還元主義的な視点で理解されているため、人間にも適応できそうな話、という印象を受けた。

特に面白かったと思った話をメモしておくと、 p61のコラム。ショウジョウバエには経験依存的な求愛抑制、いわゆる失恋記憶行動がある。このハエにおいては、エクダイソンと呼ばれるステロイドホルモンがこの失恋記憶行動に関係しているらしい。この経験依存的な求愛抑制は、なんと失恋した回数(正確には求愛して交尾に至れない時間)に依存した期間、求愛行動を起こさなくなるらしい。面白い。この事実は、エクダイソンの合成能力を遺伝的に低下させた固体では失恋記憶が構成されないことからも明らからしい。さらに面白いことに、失恋直後ではなく、時間がたったのちにエクダイソンを投与しても、逆に求愛抑制が短くなるそうな。面白い。しかも、こういったステロイドホルモンは、こういった感情に起因する記憶、つまり情動記憶の形成に関係していて、他にもコルチゾールと言ったステロイドホルモンが該当するような。

p110 2013年の利根川らのグループによる世界初の記憶の人工操作。マウスに置ける実験で、場所依存の恐怖体験(ケージAとケージBを用意して、ケージAでのみ電気ショックによる恐怖を与えると、ケージAですくみ行動を見せるが、ケージBでは見せない)を、人工的に海馬を刺激することで過誤記憶(false memory)とすることが出来る(ケージBにいる時に、ケージAを思い出すように、海馬を刺激すると、ケージBにいるにもかかわらず、すくみ行動を見せる)。この本ではこれらは人間で言えば例えばPTSDだとかパニック障害が対応すると言っている。こういうような条件付けや学習の効果が他の条件においてもみられることを「記憶の汎化」というらしい。

ただ、p122で述べられている通り、こういう人工的な海馬などへの刺激が、本当に神経細胞ネットワークにおけるシグナル伝達をきちんと模倣しているのかと言われると、それはまだ十分検証の余地がある。つまり、本当は電流でだけではなく、さまざまな神経興奮の組み合わせで起きている現象であるはずなのだけれども、実験の精度上、局所的、ともすれば破壊的とも言える操作を加えているのであって、それは本来の反応や動作ではないかもしれない。なので、言えることはまだまだアバウト、であると言える。つまり引用すると[p123]、

あくまでデータは「総体としては、~の領域は~の興奮・抑制に働くと考えられる」と捉える必要がある。

ひとまず、こういう、ある意味では要素還元主義的な、非常にミクロで基礎的な部分から理解していく研究は、肌に合う。人間も同様な気候で脳みそが動いているわけで、やっぱ行動主義心理学っていうのは形を変えて進歩しているんじゃないか。

でもこういう、ミクロな話をすると決まって、マクロな話はミクロな話を積み上げていけばわかるのか、みたいな疑問が投げかけられるけど、どうなんだろうね。統計力学と熱力学の関係って、どんな所でも現れている気がする。組織としての振る舞いと、組織を構成する要素の振る舞いの関係性。要素の性質が全体の組織の構造を作る。でもたぶん、要素をいくら詳細に理解したとして、その性質がすべて全体の振る舞いを表すかと言われれば、多分精密な話では一致しない。組織の振る舞いを個人の振る舞いに投影して理解することの馬鹿らしさっていうのは、いわゆる国家の意思と国民である個人の意思が食い違っているってことからもわかるし、部分が全体の縮図であることはまずありえない。一方で、自然界の臨界現象で見られる特徴は、その微視的な構造やダイナミクスに寄らずに見えてくる。そこには、多分要素それぞれ自身には自覚できない、祖視化することで見えてくる共通の性質があって、それが臨界現象で見えてくる。そういう意味では、国家の振る舞いが国民の振る舞いの何らかの祖視化にはなっている。集団の統計性。集まることで見えてくる普遍性。何があるんだだろうなぁ。

まとめると、なんか出てくる言葉がいちいちカッコいい。Memory engram 記憶痕跡だとか Contextual fear conditioning 文脈的恐怖付け、記憶の汎化とか。

疲れた脳みそで書くことじゃない。返却日も近づいているのでこの度はご了承願います。